ふるさと納税訴訟、高裁判決見直しか

現在、ふるさと納税制度から泉佐野市は外されています。総務省からの再三の警告にも従わずルールの範囲内だ、として高額返礼やAmazonギフト券等を配り続けたため、昨年の制度改正時に外されてしまいました。

これはおかしい、として泉佐野市は訴訟を起こしましたが地裁、高裁共に負けていました。しかし、これが最高裁でくつがえるかもです。

産経新聞「ふるさと納税訴訟、高裁判決見直しか 6月に最高裁弁論

そもそも、税金の世界ではさかのぼって課税する、ということタブーです。法的安定性と予測可能性、という言い方をしますが、税金がかかるかどうかわからないのに経済活動はできない、ということです。ふるさと納税も本来の趣旨は別にして返礼品があるかないかわからない状態では皆さん寄付しないでしょう。

税金の世界では後出しじゃんけんは駄目です。税法は納税者が有利になる場合は別にして、法律を過去にさかのぼって適用することはできないとされています。今日法律をつくって、昨日の出来事に税金をかける、ということはできないのです。

そのため、制度改正前の過剰な返礼品を理由に改正後の制度から外されるのはおかしい、と泉佐野市は主張してきました。最高裁が弁論を開く、ということは高裁判決を変える、ということでしょうから泉佐野市が勝つ、ということになるのでしょうね。法治国家ですから仕方のない結論、となるのかもしれません。

法律とは最低限のことを決めたルールといえます。

そのルールに抵触しなければ法で裁かれることはありません。しかし、皆に褒められる行為といえるか、というとまた別の話です。個人であれば、その人がどうありたいか、ですから法律すれすれのことをやっていてもあまり問題とはならないかもしれません。しかし、企業となるとその規模等に応じ社会的責任も大きくなり、あまり法律に違反しなければいい、という考え方はできなくなるでしょう。泉佐野市は地方自治体ですからより社会的責任が大きい、ともいえるのでは。

税理士という仕事上は税法の許す範囲内で税負担を小さくする、ということを考えます。ふるさと納税も利用しています。そう考えると泉佐野市のやったことも経済人としては当然のことだ、ともいえます。ただ、人としていいのかどうか、という判断基準はまた別にもっておきたいです。そして社会的責任の大きい立場のものであるならばなおさらもっていただきたいです。

当時の泉佐野市はやりすぎていた、というのはふるさと納税に興味のある方なら皆がわかっていたことでしょう。泉佐野市が自ら正す、というのが本来のあり方だったのではないでしょうか。きちんとしたルール作りを行わなかった総務省にも問題があります。が、それを逆手にとる、というのも決してほめられたものではないでしょう。行政等の公的機関は皆の手本となるよう動いてほしいですね。いずれにしても最高裁の判決を待ちたいと思います。

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